吹奏楽についてです
美味しいものを食べる時、素直に美味しい!と感動します
また食べたい!
これは体験です。
どうやったらこんな味になるんんだろう?と考え出したら探究をし解釈をすることになります
ろくに味合わないで解釈をしようとすると、せっかくの料理も存分に味わうことはできません
まずは素直に美味しい!という感動を大切にすること
最近悩んでました。
合奏をしても、次やるときに再現ができないことを
きっと忘れているんだ、とか譜面に書き込んでいないんだ、とか
考えましたが、問題はそこでは無いのではないのか?と
美味しいの話は音楽の感動の話です
発音、フレーズ、音色感、雰囲気などを伝えてその場ではよくなっても、次にできない
そこに「美味しい」=「楽しい、気持ちいい、美しい」などの感動を感じきれていないのでは?
美味しいと思えばまた食べたくなる
自分の演奏に感動して、もう一度体験したいと思えば再現しようとする
この「感動体験」が足りないと思うんです(仮説です)
オリンピック選手も金メダルがかかった試合に力が100%発揮できない場面があるそうです
それは試合の最中に「よそ見」をしてしまうとき
「よそ見」とは「金メダルが取れるかな?」という気持ちらしいです
「よそ見」をしている状態では100%のパフォーマンスが発揮できないと言います
音楽を学ぶ時も同じ。特に部活という環境では特に。
「ミス」をすると指摘をされる
「ミスをしないように」という「よそ見」が「感動体験」を阻害しているのでは?
これをしばらく言い続けてみます
体験を何度もさせて「またやりたい」と思ってもらえるように。
これは指導者側の問題かもしれません💦



コメントを残す