美味しいものは美味しい!なぜ?は味わってから

吹奏楽についてです

美味しいものを食べる時、素直に美味しい!と感動します

また食べたい!

これは体験です。

どうやったらこんな味になるんんだろう?と考え出したら探究をし解釈をすることになります

ろくに味合わないで解釈をしようとすると、せっかくの料理も存分に味わうことはできません

まずは素直に美味しい!という感動を大切にすること

最近悩んでました。

合奏をしても、次やるときに再現ができないことを

きっと忘れているんだ、とか譜面に書き込んでいないんだ、とか

考えましたが、問題はそこでは無いのではないのか?と

美味しいの話は音楽の感動の話です

発音、フレーズ、音色感、雰囲気などを伝えてその場ではよくなっても、次にできない

そこに「美味しい」=「楽しい、気持ちいい、美しい」などの感動を感じきれていないのでは?

美味しいと思えばまた食べたくなる

自分の演奏に感動して、もう一度体験したいと思えば再現しようとする

この「感動体験」が足りないと思うんです(仮説です)

オリンピック選手も金メダルがかかった試合に力が100%発揮できない場面があるそうです

それは試合の最中に「よそ見」をしてしまうとき

「よそ見」とは「金メダルが取れるかな?」という気持ちらしいです

「よそ見」をしている状態では100%のパフォーマンスが発揮できないと言います

音楽を学ぶ時も同じ。特に部活という環境では特に。

「ミス」をすると指摘をされる

「ミスをしないように」という「よそ見」が「感動体験」を阻害しているのでは?

これをしばらく言い続けてみます

体験を何度もさせて「またやりたい」と思ってもらえるように。

これは指導者側の問題かもしれません💦

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About Me

岡田 崇利(おかだ たかとし)
埼玉県の高等学校音楽教員
【経歴】
武蔵野音楽大学器楽科(トランペット専攻)卒業
警視庁に入庁し警視庁音楽隊として約10年間演奏活動を行う
一念発起して教員に。。。
埼玉県立越谷南高等学校 吹奏楽部顧問
令和5年度西関東吹奏楽コンクールAの部「金賞」
ブログ初心者。
笑顔が大事!One team!いつも口にしてます。